夢の話し。
大正時代。ビルの三階の事務所である。女が窓際に立って、下を見ている。
「何を見ているんですか」という私の問いに、女は振り向かないで、頭を窓からのぞかせたまま
「中村蟹右衛門の孫が死んだの」といった。
半分、風にさらわれた声はかろうじて聞こえる。
「それは見えないでしょう」と私がいうと、
「見えますよ。あなたも見てご覧なさい」という。
私は女と頭を並べて窓から見下ろすと、通りを走るどの車の屋根にも白いペンキで「中村蟹右衛門の孫死す」と書いてある。
車の色はみんな茶色である。背中に識別番号を付けられた甲虫のような不自然なものが動いている。
「なぜあんなことが書いてあるんです」と問うと、
「百年後のことだからです。それに当代一の歌舞伎俳優ですし」と女は、さも当たり前のようにいった。
横にならんだ女から古風な香の臭いがする。大正時代へ来ているのだなと、私は思った。空は青く、低い屋根が敷き詰められ、
遠くまで見わたせる。
「死んだって書いてあるのは、あなたのことですよ」と突然、女はいった。
私はなぜか驚きもせず
「お祖父さんは歌舞伎俳優でもなければ、蟹右衛門という名でもありませんよ」というと、女は「お母様に、
あなたは川から流れてきた子だと教えられたじゃありませんか。」という。幼い頃、悪さをして叱られ、いわれたことに思いあたった。しかし、
幼い頃、叱られるときには誰でもいわれてきたことではないか。
「そんな・・・・」と私がいいかけると、
「あなたがどう思おうと、今から百年後の今日、死んだことだけは、あることなのです。」と女はいった。そう女にいわれると、
そうか百年後の今日、死ぬのかと納得した。だが、私が拾われてきた子で、歌舞伎俳優の孫であることは、ねじれた間違いのように思えた。
そんなことを考えていると、いつの間にか陽が沈んで、窓の向こうに大きな金色の満月がのぼっていた。琳派の月のようだなと、
思っていると
「あなた、わたしに見覚えがあるでしょう」と女がいった。
現代に生きている私が、大正時代の女を知っているわけはないだろうと思いながら、月あかりに顔を覗き込むと確かに見覚えのある顔である。
「74年後には、あなたとはお会いしているのよ。でも、わたしを見つけてはいないわ」と女はつづけた。
「今日、おじいさまにわたしの香を聞いてもらえば、遺伝子の螺旋に絡みついてあなたに受け継がれ、そうしてわたしを見つけるのです」
と女はいった。私はこれからこの女を見つけるのかと思った。
「目印にメールを入れておきましょう」というと、女は手に持った巾着袋から携帯電話を取り出し、慣れた手つきで、あっという間に終わらせた。
その姿は恐ろしくなるほどの驚きであった。その時、女の肩越しの窓に、一部しか見えないほど大きく膨らんだ満月が見えた。
* * * * *
目が覚めると机に突っ伏して寝ていた。顔を上げて窓の外を見ると、あたりまえの月が光っている。
メールの着信音が鳴った。どの時代から来たのだろう。
闇の中で緑色のモニターが点滅している。
尾道市立美術館の
「大正シック -ホノルル美術館所蔵品より-」展は12月16日
(日)まで開催です。 (K)